どうも、さるオヤジです。
タイトル通りなんですが、最近この二つ(太陽光発電施設と身障者用駐車マーク)を見るとちょっと嫌な気分になります。
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まず、太陽光発電施設ですが、設置している人にとっては、遊んでる土地の有効活用であり、自然エネルギーの活用であり、10年でモトを取って、あとは売電でいくら儲かるとかいう投資でもあったりなんでしょうけど。
田舎の田畑が広がる広大な景色の中の一角に、ど~んと太陽光発電施設がある風景を見るとなんかがっかりします。
農業の後継者不足で、多くの休耕農地があるのはわかりますが、長閑な田舎の風景が台無しって感じがして。
山道や、林道をドライブしていて、急に開けた土地が見えると、太陽光発電施設がど~んと。山を切り開いて造ったであろう、それもかなりの規模の発電施設をよく見かけます。山の管理は伐採だの間伐だの大変だと聞きます。それならいっその事発電所でもということかもしれませんが、山林の緑に突然現れる大規模な太陽光発電施設、やはり違和感を感じます。
住宅街の中にも太陽光発電施設が造られています。ちょっと前まで空き家だった場所が太陽光発電施設に変えられて、無機質なフェンスで囲まれています。固定資産税や空き家の管理などを鑑みての事情だとは思いますが、やはり違和感を感じ、住宅街全体に冷たい印象を抱きます。
一旦設置すると、モトを取るまでの期間プラス運用期間で何十年とその施設はそこに存在するわけで、その期間、その土地は一切活用されることはなく、人も立ち入れない土地になってしまいます。売電でお金は生むかもしれませんが、それ以外は何も生まない死んだ土地としてどんどん痩せていくでしょう。
しかも、最近はその数がどんどん増えています。
太陽光発電施設を設置する人は、この先何十年というスパンで一考(売電料金だけではなく)いただきたいと思うんです。まあ、余計なお世話ですけど(笑)
念のためですが、住宅の屋根とか、工場の屋根や敷地内にあるソーラーパネルなどには、なんにも違和感感じませんよ。屋根の下には生活や生産があってそれこそ土地が土地として活かされているわけですから。
次に身障者用駐車マークですが、よくコンビニなんかで見かけますよね?入口に一番近い所に広く区画されている駐車スペース、その真ん中に書いてある車いすのマークです。
あれ見ると、そんなにデカデカと表示しないとダメなのかなといつも疑問に思うんです。入口に一番近くて、明らかに広~く区画されたスペースを見れば身障者用駐車スペースだという事は、普通に察しが付くと思います。
あんな大きな表示が無くても、みんながそのスペースを避けて駐車して、もしそのスペースに車が入って来たら、手助けに寄っていくようなそんなスペースにならないものでしょうか?
子供には、「車いすのマークがあるだろう?ここは体の不自由な人のための駐車スペースだよ」ではなく、「入口に一番近くて、広くつくってあるだろう?ここは体の不自由な人のための駐車スペースだよ」って教えたい。
私は良い人間だとか、思いやりがある人間だとか、そんな事を言うつもりはありませんが、最近、あのマークを見るとついそんなにデカデカと表示しないとダメなのか?と、そう思ってしまいます。
みなさんは、どう思われますか?
以上、私が最近ちょっと気になる嫌なもの二つについて書いてみました。
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